About この曲について

「Judas」は、Lady Gagaの2枚目のスタジオアルバム『Born This Way』(2011年)からの2枚目のシングルとして、2011年4月15日にリリースされた楽曲。Lady GagaとRedOneによって書かれ、プロデュースされた。2010年にパリのStudio Gangで録音された。


この曲は、ダンスとエレクトロハウスのビートに乗せて、裏切り者への抗えない愛を歌っている。聖書のユダ・イスカリオテ(イエスを裏切った使徒)をモチーフにしながら、実際には「何度も同じ間違った男性を愛してしまう」というパーソナルな物語を描いている。

ガガ自身が語っているように、この曲は「許しと裏切り、そして人生でずっと自分につきまとっているもの」についてのメタファーだ。過去の選択、男性、薬物乱用、ニューヨークに戻ることへの恐怖、古い恋愛との対峙——そうした「自分にとって良くないものから逃れられない」感覚が、この曲には込められている。

「Judas」というタイトルは、自分にとって悪いものだとわかっていながら、それでも惹かれてしまう存在の象徴。善と悪、愛と裏切り、光と闇——その狭間で揺れる感情が、激しいビートとともに展開される。


Lyrics 歌詞のポイント

この曲を聴くときに知っておくと深まるポイントがいくつかある。

まず、この曲の核心となるフレーズ。

I'm in love with Judas

「ユダに恋している」——これは聖書の文脈を超えて、「自分にとって良くないものに惹かれてしまう」という普遍的な葛藤を表している。ガガ自身が「何度も同じ間違った男性を愛してしまう」ことを認めたように、これは多くの人が経験する自己破壊的なパターンだ。

そして、この対比が曲全体のテーマを形作っている。

In the most Biblical sense, I am beyond repentance

「聖書的な意味では、私は悔い改めの域を超えている」——これは、自分の選択が間違っているとわかっていても、それでも後悔しないという強い意志を表している。または、もう戻れない地点まで来てしまったという諦めとも取れる。

もう一つ重要なのが、この繰り返し。

Jesus is my virtue, and Judas is the demon I cling to

「イエスは私の美徳で、ユダは私がしがみつく悪魔」——この一節が、この曲の二元性を最も象徴的に表している。善(イエス)と悪(ユダ)の両方が自分の中にある。そして、悪だとわかっているものにしがみついてしまう——その矛盾した感情が、この曲全体に流れている。

ガガは「自分の内なる闇を尊重することで、より大きな光へと自分を導くことができる」と説明している。つまり、この曲は自己否定ではなく、自分の闇の部分を受け入れ、許すことで前に進むための歌でもある。


Favorite Lines 口ずさみたいフレーズ

「Judas」で覚えておくと、この曲が何倍も楽しくなるフレーズを紹介する。

まず、この曲の最も印象的な部分がこのフレーズ。

Ju-da-ah-as, Juda-ah-ah-as

この独特の発音が、この曲の最大の特徴。"Judas"を3音節に分けて、リズミカルに繰り返す。「ジューダ・アー・アース」という感じで、カタカナで表現すると「ジュー・ダ・アース」。カラオケで歌う場合は、この部分のリズムとアクセントを掴むと、曲全体が歌いやすくなる。

そして、サビの中心になるのがこのフレーズ。

I'm in love with Judas

シンプルで覚えやすく、メロディも印象的。英語学習者にとっても、"I'm in love with ○○" という表現を覚えるのに役立つフレーズだ。

もう一つ覚えておきたいのが、この対比の部分。

I wanna love you, but something's pulling me away from you Jesus is my virtue, Judas is the demon I cling to

「愛したいのに、何かが私をあなたから引き離す」「イエスは私の美徳、ユダは私がしがみつく悪魔」——この矛盾した感情の揺れが、この曲のドラマを作っている。繰り返し聞いていると、自然と口をついて出てくるフレーズだ。


Music Video MVの見どころ

2011年5月5日に公開されたミュージックビデオは、公開当時から大きな論争を呼んだ。

監督はファッションフォトグラファーのLaurie Simmonsと、アート写真家のPaul Hallとのコラボレーション(実際はガガ自身が監督として大きく関わった)。

最も印象的なのは、そのキャスティングと設定。ガガはマグダラのマリア役を演じ、Norman Reedus(『ウォーキング・デッド』のダリル役で知られる俳優)がユダ、Rick Gonzalezがイエスのような人物として登場する。舞台は現代のエルサレムで、イエスと使徒たちはバイカーギャングとして描かれている。

宗教的なイメージャリーの使い方が、このMVの核心だ。ガガはマグダラのマリアとして、イエスの足を洗うシーンを再現している(ルカによる福音書7章38節を参照)。しかし興味深いのは、彼女がユダの足も洗おうとするシーンがあること——善と悪の両方を受け入れる、という曲のテーマが視覚化されている。

また、宗教的なイメージを反転させる演出も印象的だ。通常イエスが被るはずの茨の冠をユダが被っていたり、エジプトのホルスの目を思わせるアイメイクが施されていたり——さまざまな宗教的・神話的モチーフが混ざり合っている。

そして、このMVで最も衝撃的なのは、その結末だ。通常ならユダやイエスが死ぬはずの物語で、最後に石打ちの刑で死ぬのはガガ(マグダラのマリア)自身。これは、女性が宗教的文脈でどのように扱われてきたかへの批判的なメッセージとも読み取れる。

このMVは、カトリック団体などから批判を受けたが、ガガは「これは許しと裏切りについての芸術的表現であり、宗教を冒涜する意図はない」と説明している。むしろ、マグダラのマリアという歴史的に誤解されてきた女性像を、フェミニスト的な視点から再解釈しようとした作品だと言える。


自分の闇を受け入れること

この曲を初めて聞いたとき、その激しさと宗教的なモチーフに圧倒された。でも、何度も聞いているうちに、これは宗教についての曲ではなく、「自分自身」についての曲だと気づいた。

誰にでも、「これは自分にとって良くない」とわかっているのに、それでも惹かれてしまうものがある。人、場所、習慣、思考パターン——何度も同じ失敗を繰り返してしまう経験をした人なら、ガガが歌っていることが痛いほどわかるはずだ。

この曲の凄いところは、そうした自己破壊的なパターンを否定するのではなく、「これも自分の一部だ」と受け入れようとしているところ。ガガ自身が言っているように、「内なる闇を尊重することで、より大きな光へと導かれる」。

自分を許すこと。過去の選択を受け入れること。そして、それでも前に進むこと。

「Judas」は、そんな葛藤を抱えたすべての人への、力強いメッセージだと思う。完璧である必要はない。善だけを選べなくてもいい。ユダに恋してしまう自分も、イエスを愛したい自分も、どちらも本当の自分だから。

大人になればなるほど、この曲が響く理由がわかる。それがこの曲の良さだ。